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漢方治療は豊富な経験に基づく臨床的専門技量、EBMに基づく有効性の客観的評価および有効性の作用機序に関する基礎的研究の融合により、高い有用性を生じる。近年、本症患者末梢血中単核球の産生するサイトカインに対する消風散の影響25)、十味敗毒湯および柴胡清肝湯の抗アレルギー作用26)、白虎加人参湯投与に伴う可溶性接着因子や神経系因子の変化27)、梔子柏皮湯投与による血中および組織中因子の変動23)など、臨床効果の裏付けとなる研究データが集積されてきている。今回アトピー性皮膚炎のEBMによる評価を行った結果、一般に質の高いエビデンスとされる二重盲検ランダム化比較試験やランダム化比較試験による検討の報告は少数であり、主体は前後比較を主体としたケース・シリーズであった(ケース・レポートは今回の検討から除外した)。漢方薬の臨床評価に質の高い試験が用いられることが増えてきていることは確かではある28)が、薬剤の標準性などの問題もあり、まだその有効性に関する評価が不十分であることは否定できない。漢方薬の臨床試験の報告の多くは、中国、台湾および日本からのものであり、英文医学雑誌に掲載されている報告はごく少数であった。これはアトピー性皮膚炎の治療において漢方治療は、国外においてグローバルに用いられる機会が未だ少ないことによるものと思われる。また本症に用いられる漢方薬の種類は多いがその多くが併用治療の1つとして用いられていることや、単独療法の長期試験中に悪化因子による症状増悪が生じた場合に試験の継続が困難となり他の治療を併用する場合があることなど、厳密なケース・コントロール・スタディーの施行が難しい側面もある。今後、アトピー性皮膚炎に対する漢方療法のEBMによる評価には、臨床症状のみならず臨床検査などの客観的指標の標準化や、症例の代表制の確保のための多症例によるランダム化比較試験がさらに必要と考える。
漢方薬の臨床試験を行う上での問題点として、プラセボと、証(個体の適応)の取り扱いという2つがあげられる。漢方薬独特の味、香りを保持し試験生薬と識別不能でかつ薬効のないプラセボを作ることは技術的に極めて難しいと考えられる。しかし、西洋医学と違った漢方特有の考え方に基づいて使用される漢方薬の対照群を西洋薬とするのは不適当と思われる。証については、漢方特有の治療大系の中での取り扱いとなるため、個々の漢方薬の試験にあたり、アトピー性皮膚炎患者を無作為に割り付けすることは、投与群と非投与群、あるいは投与群とプラセボ群の間に試験開始前から大きなバイアスがかかることになり、正確な有効性の評価が不可能であることになる。以上より、二重盲験、ランダム化、プラセボの使用などエビデンスの高い試験が良いことは当然であるが、今後N-of-1 trials の導入など、漢方という特徴を生かした適切な評価デザインを考えていく必要があると考えられる。
総括すると、アトピー性皮膚炎に対する漢方治療のEBMによる評価を行った結果、主体はケース・シリーズであり、各報告の症例数も100例以上のものは認められなかった。しかし、漢方治療の特殊性を考慮した場合、一般によりエビデンスの高い評価法を用いた大規模な試験には様々な制約があり、漢方独自の新しい評価方法を導入した小規模のケース・コントロール・スタディーであっても十分に質の高いエビデンスが得られる可能性が示唆された。
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