▼J: 臨床試験における同一個人内での比較 (intra-individual comparison),つまり左側に実薬,右側に対照薬を外用して比較するといった左右比較試験 (left-right comparison)に関する国際的なコンセンサスについてお話をうかがいたいのですが.
▼W: コンセンサスと言っても,エビデンスなしの「いわゆるコンセンサス」というのもありますが,これらは「ノンセンサス」とでもいうべきです(笑).左右比較試験の妥当性について,英国では本当の意味でのコンセンサスができていると思います.英国でも左右比較試験は多数行われていますが,きちんと行われたものである限り,それが問題になったことはありません.日本では,一体どのような時に問題視されるというのでしょうか?
▼J: 主に新薬認可の時に問題となります.左右比較では認可されないため,多数の患者さんを対象とする必要がありますし,個体差などのバラツキも多く大変な苦労をしています.また米国の皮膚科雑誌でも,紫外線療法の試験など,左右比較ではアクセプトされないようですし,FDAも問題視するようです.
▼W: なるほど.今日用意して下さったMEDLINEの資料を見ても,左右比較の論文を掲載しているのはヨーロッパの雑誌が多いですし,著者も主にヨーロッパ人ですね.しかし,一体どのようなことが問題になるというのでしょうか?
▼J: ある部位に実薬を使用すると血中に移行し,他部位すなわち対照薬使用部位などでも作用する,あるいは相互作用が起こるのではないかという全身的影響の問題,また患者さんが左右の使用薬を間違える,あるいは混合してしまうというコンタミネーションの可能性の問題などです.
▼W: 全身的影響やコンタミネーションというのは,比較する薬剤,たとえば実薬とプラセボで有効性に有意差が出なかった時に,本当に差がないのか明確でないため,問題となりえます.しかし,有意差が出たのであれば,なんら問題にならないと思います.ただし比較する治療法の有効性や副作用に差があり過ぎると,患者さんが自分でどちらが実薬か気がつき,盲検化が破れるという問題点は確かに残るでしょう.長期的なものは行いにくいかも知れませんが,短期的な試験なら問題ないと思います.しかし,全身的影響について,一体どんなエビデンスがあるというのでしょうか?
▼J: 強いエビデンスはないと思います.ただ,同一個人内での比較あるいは左右比較に関するコンセンサスを明確に記載した国際的な文書がないということが問題だと思います.
▼W: 確かにそうですね.それは出すべきですね.
▼J: 我々は現在,厚生労働省科学研究「アトピー性皮膚炎の既存治療法のEBMによる評価」を実施しています.多数の臨床試験論文をOxford大学EBMセンターのエビデンスの質分類表 (http://www.cebm.net/levels_of_evidence.asp) によって分類しているのですが,左右比較試験はどのように分類したらよいとお考えでしょうか?
▼W: Oxfordの10レベルからなるヒエラルキー分類は非常に複雑で,我々は英国皮膚科学会の診療ガイドライン作成のために,より皮膚科に適合した分類を作ろうとしています.Dr. Cox (英国Cumberland病院) と共にBritish Journal of Dermatologyのeditorial (2003; 148: 621-5) でこの問題を提起しました.従って,我々としては,コクラン・レビューにおいても,英国・国民保健サービス (National Health Service; NHS) の医療技術評価 (Health Technology Assessment; HTA) プログラムのシステマティック・レビューにおいても,Oxford分類は使用していません.もっとも私の考えとしては,Oxford分類を使用する場合,その左右比較試験がランダム化されているのなら単純にランダム化比較試験(レベル1あるいはグレードA),ランダム化されていないのなら非ランダム化試験(レベル2bあるいはグレードB)としてよいと思います.第一,あれだけ詳細なOxford分類でも,「左右比較は認めない」とか「レベル・グレードを下げること」などとはどこにも記載されていないでしょう.
▼J: では我々が分類した表での左右比較試験の扱いに「Williams教授も同意」と記載してよろしいでしょうか?
▼W: もちろんです.しかし,日本や米国で左右比較が問題視されているのなら,これは捨て置けない問題です.英国に帰ってから,まず手始めに,私が編集長をしているコクラン・スキングル−プのホームページ (http://www.nottingham.ac.uk/~muzd/) で我々の左右比較に関する考えを発表しましょう.そして外用薬の臨床試験に詳しいJ. Ferguson教授 (英国・Dundee大学),ヨーロッパ皮膚疫学ネットワーク (Europe Dermato-Epidemiology Network; EDEN)のメンバーであるL. Naldi教授 (イタリア・Bergamo大学),米国のR. S. Stern教授 (Harvard大学)らと相談し,Oxford大学EBMセンター,コクラン共同計画の方法論グループの面々からも意見を求めて,何らかのコメントを発表する用意をしましょう.
最近私は,M. Bigby (Harvard大学),T. L. Diepgen教授 (ドイツ・Heidelberg大学) らと共に,"Evidence-based Dermatology" (BMJ Publishing Group) という本を編集しました.これは私のライフワークというべきものです.この本からスタートして今後継続的にインターネットを通じて改定して行く予定で,ホームページも作ってあります (http://www. evidbasedderm.com/).今回のような重要なトピックスについては,日本からもどんどん提案して,この本にcontributeして行って下さい.私が最も重視しているのはこのような問題点・疑問点に関する国際的な協力関係です. |