アトピー性皮膚炎は強い痒みを伴う湿疹が慢性・再発性に繰り返す病気です。痒みや湿疹とともに、乾燥肌となりブドウ球菌やヘルペスウイルスが増殖しやすいという皮膚の生理的機能異常も伴います。痒みのために患者さんやご家族に大きな悩みを与えます。長期的に臨床経過をみてみますと、乳児期に発症し2歳未満で軽快するタイプ、乳児期に発症しゆっくり軽快するタイプ、一端治癒していた発疹が思春期以降に再発するタイプ(この場合、再発皮疹はそれ以前の皮疹に比べ治りにくくしかも長く続くことが多い)、5歳以降に初発するタイプなど、個々人によって多様であることも本症の特徴の一つです。日本皮膚科学会の2007年度全国調査によると、皮膚科を受診した患者さんの約10%がアトピー性皮膚炎でした。2000年〜2002年に行なわれた厚生労働省研究班によるアトピー性皮膚炎の検診調査の結果では、本症の有症率は、4ヶ月児;12.8%、1歳半児;9.8%、3歳児;13.2%、小学1年児;11.8%、小学6年児;10.6%、大学1年生;8.2%であり、多くの患者さんが困っておられるのがわかります。もちろん、その中で中等症や重症・最重症の方は全体の20%程度で、多くの方は軽症です。それでも痒みがあるのは困りものです。
日本皮膚科学会や厚生労働省研究班で専門医や一般臨床医のための治療ガイドラインが作成されています( http://www.dermatol.or.jp/index.html http://www.allergy.go.jp )。またガイドラインの情報を患者さんにできるだけ平易に解説する目的で、「アトピー性皮膚炎について一緒に考えましょう」(http://www.kyudai-derm.org/atopy )というホームページも開設しています。治療ガイドラインでは、『アトピー性皮膚炎を皮膚の生理学的機能異常を伴い、複数の非特異的刺激あるいは特異的アレルゲンの関与により炎症を生じ慢性の経過をとる湿疹としてとらえ,その炎症に対してはステロイド外用薬やタクロリムス軟膏による外用療法を主とし,生理学的機能異常に対しては保湿・保護剤外用などを含むスキンケアを行い,痒に対しては抗ヒスタミン薬,抗アレルギー薬の内服を補助療法として併用し,悪化因子を可能な限り除去することを治療の基本とする』ことが述べられています。
しかし、このような治療ガイドラインがあっても患者さんたちの不安が解消されたわけではありません。これらの薬物療法は本当に効果があるのか、副作用はどうなのか、アトピー性皮膚炎は治るのか、など患者相談会ではこのような不安がいつも話題になります。さまざまな情報が氾濫し過ぎてどれを信じて治療すればいいのか不安でたまらないというのが実状なのかもしれません。不安は病気を増悪させます。不安の解消が最も大切な治療への一歩です。この「アトピー性皮膚炎―よりよい治療のためのEvidence-based Medicineとデータ集―;2010年改訂版」(以下 本誌)は、治療ガイドラインの根幹となっている適正治療の医学的な根拠を収集したものです。厚生労働省研究班「アトピー性皮膚炎の既存治療法のEBMによる評価と有用な治療法の普及」(主任研究者:古江増隆)(2002〜2004年度)によって2004年版を作成いたしましたが、その後の6年間の文献検索と検討結果を追加して、厚生労働省研究班「アトピー性皮膚炎のかゆみの解明と治療の標準化に関する研究」(研究代表者:古江増隆)(2008〜2010年度)の研究成果として改訂されました。
本誌では、ステロイド外用療法、タクロリムス外用療法、抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬、スキンケア、食物アレルゲン除去食療法、環境アレルゲン、紫外線療法、シクロスポリン内服療法、漢方療法、心身医学療法、民間療法、合併症(ウイルス感染症・細菌感染症・真菌感染症・白内障)などの項目が解説されています。治療に携わる専門医、一般臨床医、その他の医療従事者、行政の方々、そしてなにより患者さんのための参考資料として一般公開させていただきました。薬物療法はすべて対症療法といっても過言ではありません。アトピー性皮膚炎の薬物療法も対症療法です。しかし有効な対症療法は疾患を軽減させ、日常生活の質を向上させ、次第にその薬物療法の使用量や使用頻度が少なくなり、結局は疾患の治癒を早めてくれます。治療目標の目安は『1)症状がない状態にする、症状はあっても日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない状態にする。2)軽い症状は続くけれど、急に悪くなることはなく、悪くなってもその状態が続かないようにする。』ということではないでしょうか。
繰り返しになりますが、皮膚炎が悪化しないように有効な塗り薬や内服薬で皮膚の状態を早めによくすることが治癒への近道です。まずは本誌を参考に有効な治療法の「効能・効果・効用・効率」を信頼してください。そして、できるだけよりよい状態に皮膚炎をコントロールすることを心がけてください。副作用については、医師に確認しながら治療を続けていけば心配する必要はありません。副作用の知識をもつことは必要ですが、過剰な心配をせずに医師とよく相談して治療薬を有効に利用することが大切です。その一つの参考資料として本誌が患者さんの不安を少しでも取り除く手助けになれば、執筆者全員の本望と考えます。
末筆ながら、本誌の作成に多大なご協力を賜った研究分担者ならびに研究協力者の方々に厚く御礼を申し上げます。また本研究活動を全面的にご支援いただきました厚生労働省健康局疾病対策課アレルギー疾病係の御担当の方々に深甚なる謝意を申し上げる次第です。ありがとうございました。
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