Journal Club

イタリアセベソ事故発生20年間のがん発症率調査
Cancer incidence in the population exposed to dioxin after the "Seveso accident": twenty years of follow-up

Environmental Health 2009, 8: 39

【要旨】
1976年、イタリアのセベソの化学工場で有毒物質が大気中に大量に排出された。この事故で排出され人体への影響が高い物質は、PCDDの中で最も毒性の高い2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD)である。TCDDは酸化ストレスの増強、DNA障害、内分泌系の異常、様々なシグナル伝達の障害を引き起こし癌化を促すなど諸説がある。多くの動物実験では、TCDDに暴露するとさまざまな癌が高率に発症し、ヒトでは肺癌、非ホジキンリンパ腫、軟部組織肉腫の発症率が高くなるとの報告がある。セベソ地域の今までの調査では、事故発生後早期に若年者の塩素ざ瘡の増加、心疾患による死亡率の上昇と、2001年までの25年間の死因調査では血液リンパ系腫瘍による死亡率の有意な上昇と、慢性閉塞性呼吸疾患、糖尿病による死亡率も高い傾向にあると報告されている。

この論文では、TCDDの人体に及ぼす慢性の影響を明らかにすべく、セベソ事故発生20年間(1977-1996)における癌発症率を調べた。対象は事故発生当時居住、もしくは発生10年以内に汚染地域に転居もしくは出生した37,187名(うち80%が発生当時居住)と汚染周辺地域に居住している対照群181,574名である。発生当時居住していた住民の約95%が1996年の観察終了時期まで同じ地域に居住していた。事故発生当時の大気中汚染濃度と患者血中TCDD濃度は相関するという報告に基づき、大気中TCDD濃度の高い順に地域をA、B、Rの3地域に分け、住民の居住地域別、性別、年齢、1977年から5年ごとの観察期間別に全ての悪性腫瘍、肝、膀胱、中枢神経系の良性腫瘍の発症率を調べた。

その結果、20年間で癌を発症したのは2122名で発症率は7.2%、そのうち事故発生15年以上して発症したのは660名(発症者全体の31.1%)だった。対照群と比較して全癌発生率は高くなく、地域差はなかった。A地域では、肺癌(RR 1.25、全て男性)、乳癌(RR 1.43)、子宮癌(RR 2.34)、血液リンパ系腫瘍(RR 1.39)と対照群と比べて高い傾向にあったが、有意差はなかった。乳癌は月経との関連性を調べるため診断時50歳以上、以下に分けて検討したが発症率に差はなく、発症者は全て事故発生当時20-49歳だった。B地域では血液リンパ系腫瘍(RR 1.56)、男性の直腸癌(RR 2.1)、男女、とくに女性の胆管癌(RR 2.28)、男性の胸膜癌(RR 3.89)が高い傾向にあったが、胸膜癌はアスベストによる同地域の汚染の影響も否定できない。なお、急性期に塩素ざ瘡を認めた住民はおもに若年者だったこともあり、1997年までには癌発症者を認めていない。

期間別発症率では、A地域では15年以上経過するといずれの癌発症率も高く、とくに肺癌、血液リンパ系悪性腫瘍、乳癌(有意差あり)でその傾向を認めた。B地域では期間別発生率に傾向を認めなかった。TCDDが癌発症に及ぼす影響は、今後も続けて傾向をみる必要がある。


三苫 千景

Key words:

  • PCDD: polychlorinated dibenzo-dioxins
  • RR:rate ratio 発症率比。対照群との比較。


閉じる